藤井風

藤井風の良さがわからない理由は?苦手と感じる要因と音楽的魅力を解説

masato1024

近年、日本の音楽シーンで圧倒的な存在感を放つ藤井風さん。しかし、WEBやSNSで検索してみると、「良さがわからない」「何がすごいの?」「苦手」といった声も少なからず見受けられます。

「周りは絶賛しているけれど、自分には響かない」「独特の世界観についていけない」と、疎外感やモヤモヤを感じている方もいるかもしれません。

この記事では、なぜ藤井風さんの音楽やスタイルに対して「良さがわからない」と感じる人がいるのか、その具体的な要因を客観的な視点から深掘りします。

宗教的な歌詞の解釈や岡山弁の多用、独特な歌い方など、好みが分かれるポイントを整理しつつ、逆にプロや海外から高く評価されている音楽的な理由についても解説します。

この記事で分かること
  • 歌詞の世界観や宗教色に抵抗感を抱く具体的な背景
  • 「大したことない」と感じる理由と高度な技術のギャップ
  • 岡山弁や独特な歌い方が好みを分ける理由とその効果
  • 自分の感覚を否定せずに納得できる客観的な評価と実績

なぜ藤井風の良さがわからないと感じる人がいるのか

  • 宗教色を感じる歌詞や世界観への抵抗感
  • 岡山弁の歌詞や一人称への違和感
  • 独特な歌い方が聞き取りにくいという声
  • メディアによる過剰な持ち上げへの反発
  • 実力は大したことないという意見について
  • ナルシストに見えるキャラクターが苦手

宗教色を感じる歌詞や世界観への抵抗感

藤井風さんの楽曲に対して「良さがわからない」と感じる大きな要因の一つに、歌詞や世界観に含まれる宗教的なニュアンスへの抵抗感が挙げられます。彼の楽曲には「ハイヤーセルフ(高次の自己)」との対話や、生死観、神への愛とも取れるフレーズが散りばめられていることが少なくありません。

例えば、「帰ろう」や「満ちてゆく」といった楽曲では、執着を手放すことや、死生観について深く歌われています。これらは多くのリスナーにとって救いや癒やしとなる一方で、エンターテインメントとしてのポップスを求めている層からは「説教くさい」「宗教っぽくて怖い」と受け取られることがあります。

特に日本では、特定の宗教観やスピリチュアルなメッセージが前面に出ている音楽に対して、無意識に警戒心を抱く人も多いため、こうした世界観が合わないと感じるのも無理はないでしょう。

純粋にラブソングや流行りの曲を楽しみたい人にとっては、メッセージが重すぎると感じられる要因になっていると考えられます。

岡山弁の歌詞や一人称への違和感

藤井風さんの大きな特徴である「岡山弁」の歌詞も、好みが分かれるポイントです。「ワシ」「何なんw」「言うたが」といった方言が歌詞にそのまま使われるスタイルは、彼のアイデンティティであり、リズムに独特のグルーヴを生み出す要素として評価されています。

しかし、標準語のJ-POPに慣れ親しんでいるリスナーにとっては、この強い方言が「違和感」として耳に残ってしまうことがあります。

特に一人称の「ワシ」は、若手の男性アーティストが使う言葉としては珍しく、古風あるいは粗野な印象を与えることもあります。

また、歌詞の内容がシリアスであっても、方言のイントネーションや言葉選びによって、一部の人にはコミカルに聞こえたり、感情移入を妨げるノイズになったりすることもあるようです。

「歌詞がスッと入ってこない」「方言のクセが強すぎて苦手」という感想は、彼の音楽スタイルが持つ強烈な個性の裏返しとも言える反応です。

独特な歌い方が聞き取りにくいという声

彼の歌唱スタイルは、R&Bやソウルミュージックの影響を強く受けており、フェイク(音程を揺らしたり装飾したりする技術)や、息を多く混ぜたウィスパーボイスを多用します。

これは楽曲に色気や深みを与える一方で、「歌詞がはっきりと聞き取れない」「何と言っているかわからない」というストレスにつながる場合があります。

特に、日本語の歌詞を英語のような発音やリズムで歌うため、歌詞カードを見ないと意味が理解できないという声も聞かれます。

明瞭な発音や、言葉の一つひとつをはっきりと届ける歌い方を好むリスナーにとっては、この独特な崩し方やニュアンス重視の歌唱法が「上手さが伝わりにくい」「雰囲気だけで歌っている」ように聞こえてしまうのかもしれません。

リズムやグルーヴを優先するがあまり、言葉の伝達性が犠牲になっていると感じる人にとって、良さがわかりにくい要因となっているのです。

メディアによる過剰な持ち上げへの反発

アーティスト本人の実力とは別に、メディアや周囲の環境が影響して「良さがわからない」と感じさせてしまうケースもあります。藤井風さんはデビュー当初から「天才」と称され、多くの音楽番組や特集記事で絶賛されてきました。

このように、メディアがこぞって「誰もが認める素晴らしいアーティスト」という前提で報道することで、まだ彼の良さを理解していない層に「押し付けがましさ」を感じさせてしまうことがあります。

「全人類が聴くべき」「救世主」といった過剰な賛辞を目にすると、逆に冷静になってしまい、「そこまで言うほどか?」と反発心を抱くのは自然な心理です。

期待値を上げられすぎた状態で楽曲を聴くと、実際の印象とのギャップが生じやすく、「普通に良い曲だけど、騒ぐほどではない」という感想に着地してしまうこともあります。

周囲の熱狂的な盛り上がりが、逆に新規のリスナーを冷めさせてしまうという現象は、人気アーティストにはつきものの課題と言えるでしょう。

実力は大したことないという意見について

インターネット上では時折、「藤井風の実力は大したことない」という辛辣な意見を目にすることがあります。これは、彼が作る楽曲が、一聴すると非常に耳馴染みが良く、サラッと聴けてしまうポップスに仕上がっていることが関係していると考えられます。

彼の楽曲は、実は非常に複雑なコード進行や高度な音楽理論に基づいて作られていますが、それを感じさせないほど自然でキャッチーなメロディに落とし込まれています。

そのため、音楽的な知識がない場合や、表面的な聴き心地だけで判断した場合、「どこにでもある普通の曲」のように聞こえてしまうことがあるのです。

また、彼のボーカルは「張り上げて圧倒する」タイプではなく、「抜きの美学」とも言えるリラックスした歌唱が中心です。

高音を張り上げるような分かりやすい歌唱力を「実力」と捉える人にとっては、彼の歌声は物足りなく映るかもしれません。

技術を見せつけるのではなく、楽曲の世界観に奉仕するようなプレイスタイルが、一部の人には「技術的に大したことない」という誤解を与えている可能性があります。

ナルシストに見えるキャラクターが苦手

楽曲そのものではなく、ビジュアルやパフォーマンスから受ける印象が苦手という声もあります。ミュージックビデオやライブでの振る舞い、あるいはSNSでの発信において、彼自身の容姿や雰囲気が強調されることが多く、それが「ナルシストに見える」と受け取られることがあります。

特に、陶酔したようにピアノを弾く姿や、カメラに向けられる色気のある視線などは、ファンにとっては魅力ですが、そうでない人にとっては「自分に酔っている」と感じられる要因になり得ます。

また、時折見せるスピリチュアルな言動や、浮世離れしたキャラクターも相まって、「人間味がない」「演じている感じがする」といった違和感を持つ人もいます。

アーティストのキャラクターとリスナーの生理的な相性は非常に重要であり、ここが合わないと、どれだけ楽曲が良くても「良さがわからない」という評価につながりやすい傾向があります。

藤井風の良さがわからない人にも知ってほしい客観的評価

  • 音楽的な専門性が高すぎて伝わりにくい
  • プロも唸る高度なコード進行と作曲能力
  • 海外での評価やバイラルヒットの実績
  • ピアノ一本で魅せる圧倒的な演奏技術
  • 昭和歌謡とR&Bを融合した独自の音楽性
  • ライブで見せる音源とは異なるパフォーマンス

音楽的な専門性が高すぎて伝わりにくい

藤井風さんの音楽が「わからない」とされる理由の一つに、皮肉にも「音楽的なレベルが高すぎる」という点が挙げられます。彼の楽曲は、単にキャッチーなだけでなく、ジャズやクラシック、R&Bといった多様なジャンルの要素が複雑に組み合わされています。

一般的なJ-POPの構成とは異なる展開や、予測を裏切るリズムのアプローチが多用されているため、普段シンプルなポップスを聴き慣れている耳には、メロディが掴みにくかったり、難解に聞こえたりすることがあります。

例えば、転調(曲の途中でキーが変わること)が頻繁に行われる楽曲でも、それが非常にスムーズに行われるため、違和感はないものの「何かがおかしい」「不安定に感じる」という感覚だけが残ることがあります。

この「凄さが分かりにくい凄さ」こそが、彼の音楽の特徴であり、同時にライトなリスナーにとってのハードルになっていると言えます。専門性が高すぎるゆえに、その真価を理解するには一定の音楽的素養や、聴き込む時間が必要になる場合があるのです。

プロも唸る高度なコード進行と作曲能力

多くの音楽プロデューサーやミュージシャンが藤井風さんを絶賛する理由は、その卓越した作曲能力にあります。特に注目されるのが「コード進行」の巧みさです。

彼は、J-POPでよく使われる王道のコード進行だけでなく、ジャズやブラックミュージックで用いられる複雑な「テンションコード」や「ノンダイアトニックコード」を自然に楽曲に取り入れています。

代表的な楽曲のコード進行の特徴

以下の表は、彼の楽曲に見られる特徴的な音楽要素をまとめたものです。

楽曲の特徴具体的な音楽要素効果・印象
洗練された響きテンションコード(9th, 11thなど)の多用お洒落で都会的な雰囲気、切なさや浮遊感の演出
予測不能な展開ノンダイアトニックコードの使用聴く人をハッとさせるアクセント、単調さの回避
独特のグルーヴピアノのリズミカルなバッキングベースラインと絡み合うような、身体を揺らしたくなるリズム

これらの技術は、楽曲に深みと洗練された響きを与えますが、決してマニアックな音楽実験に終わらせず、あくまで「大衆に届くポップス」として成立させている点が驚異的とされています。

同業者であるプロたちが「やられた」「天才」と口を揃えるのは、この高度な理論とポピュラリティのバランスが、極めて高い次元で実現されているからなのです。

海外での評価やバイラルヒットの実績

日本国内だけでなく、海外での評価も藤井風さんの実力を裏付ける重要な要素です。特に楽曲「死ぬのがいいわ」は、タイでのバイラルヒットを皮切りに、TikTokを通じて世界中で爆発的な人気を博しました。

これは、日本のメディアプロモーションによるものではなく、純粋に楽曲の持つ力と中毒性が、言語の壁を超えて評価された結果と言えます。

海外のリスナーやメディアは、彼の音楽を「J-POP」という枠組みだけでなく、R&Bやソウル、ジャズが融合した「グローバルスタンダードなポップス」として捉えています。

また、彼が英語の楽曲(カバーやオリジナル)を歌う際の発音やリズム感も高く評価されており、英語圏のYouTuberなどがリアクション動画でその才能に驚愕する様子も多く見られます。

日本国内の「流行り」という文脈を超えて、音楽そのもののクオリティが世界レベルで通用している事実は、彼の良さを客観的に判断する上で無視できない実績です。

ピアノ一本で魅せる圧倒的な演奏技術

藤井風さんの原点は、YouTubeに投稿していたピアノの弾き語り動画にあります。彼のピアノ演奏技術は、幼少期からのクラシック教育と、長年の耳コピ(聴いた曲を譜面なしで再現すること)によって培われたもので、まさに「手足のように」ピアノを操ります。

単に正確に弾くだけでなく、ピアノ一台でドラムやベースのリズムまで表現するような、パーカッシブでグルーヴ感のある演奏スタイルが特徴です。

ライブや弾き語り配信では、即興でアレンジを加えたり、リクエストに応えてどんな曲でも瞬時に自分のスタイルで演奏したりするなど、その引き出しの多さは圧倒的です。

「歌が苦手」という人でも、彼のピアノ演奏だけを聴けば、その卓越したミュージシャンシップを認めざるを得ないでしょう。この「楽器一本で成立する」という強固な土台が、彼の音楽の説得力を支えています。

昭和歌謡とR&Bを融合した独自の音楽性

彼の音楽が幅広い世代に支持される理由の一つに、「懐かしさと新しさの融合」があります。藤井風さんは、父親の影響で昭和歌謡や演歌、1970〜80年代の洋楽を聴いて育ちました。

そのため、彼の作るメロディには、日本人がどこか懐かしさを感じる「歌謡曲」のエッセンスが色濃く反映されています。

一方で、リズムやコード感、歌唱スタイルは現代的なR&Bやヒップホップの影響を受けています。この「昭和歌謡の親しみやすいメロディ」と「洗練された洋楽のビート」を違和感なく融合させている点が、彼の独自性です。

若い世代には新鮮でお洒落に響き、年配の世代には懐かしく心地よく響く。このハイブリッドな音楽性は、既存のジャンルに当てはめるのが難しく、それが「よくわからない」という感想を生む一方で、唯一無二の魅力として多くの人を惹きつけています。

ライブで見せる音源とは異なるパフォーマンス

CD音源やストリーミングで聴く藤井風さんと、ライブでの藤井風さんは、受ける印象が大きく異なると言われます。

音源ではクールで整った印象であっても、ライブでは感情を爆発させ、時には叫ぶように、時には踊り狂うようにパフォーマンスを行います。

その姿は、一部の人には「多動的」「落ち着きがない」と映ることもありますが、音楽に身を任せて全身全霊で表現するエネルギーは凄まじいものがあります。

また、MCで見せる飾らない人柄や、岡山弁でのゆるいトークと、演奏に入った瞬間の集中力とのギャップも、ライブならではの魅力です。「音源を聴いただけでは良さがわからなかったけれど、ライブ映像を見て衝撃を受けた」というケースも少なくありません。

彼の真価は、整えられたレコーディング音源よりも、生身の人間性がぶつかり合うライブパフォーマンスにこそ表れているのかもしれません。

藤井風の良さがわからないままでも問題はない

ここまで、藤井風さんの良さがわからない理由と、客観的な評価ポイントについて解説してきました。最後に重要なポイントをまとめます。

  • 藤井風の音楽には宗教色や強いメッセージ性があり好みが分かれるのは自然
  • 岡山弁の歌詞や独特な歌い方が一部の人には違和感や聞き取りにくさを感じさせる
  • メディアによる天才という過剰な持ち上げが逆効果になっている場合がある
  • 一聴して大したことないと感じるのは高度な技術がポップスの中に隠されているため
  • コード進行や作曲能力はプロのミュージシャンからも極めて高く評価されている
  • 死ぬのがいいわなど海外でのバイラルヒットは楽曲の力が国境を超えた証拠
  • 昭和歌謡と現代的なR&Bの融合は世代を超えて支持される独自のスタイル
  • 音源とライブでは印象が異なりパフォーマンスを見て評価が変わることも多い
  • 良さがわからないと感じる自分の感覚は間違いではない
  • 音楽の好みは主観的なものであり無理に理解しようとする必要はない
  • 技術的にすごいことと自分が好きかどうかは別の問題である
  • タイミングや環境が変わればふとした瞬間に良さがわかる時が来るかもしれない
  • 今は合わないと感じるなら距離を置くのも一つの正解である
  • 世間の評価に流されず自分の好きな音楽を大切にすることが最も健全
  • 多様な音楽が存在する中で自分に合うものを選び取っていけばよい
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